桜井 政博(さくらい まさひろ、1970年8月3日 -)は、日本のゲームクリエイター。有限会社ソラの設立者で代表。『カービィ』シリーズと『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの生みの親である。役職はディレクターであることが多いが、その仕事の範囲は現場の総括や制作進行の管理、仕様決定といったディレクターの本来の分野のみならず、企画、仕様考案、バランス調整、デバッグ、ムービーのプロット、広報活動など、いわばプランナー、デザイナー、プロデューサーなどの役割にも及んでいることが多い。更に、グラフィック、キャラクターボイス、作詞も手掛けることもある。

経歴

ハル研入社~星のカービィ

1990年の5月頃[1]、敵を利用するアクションゲームを作ろうと思い立ち、後に『星のカービィ』となるゲームの企画書を書く[2]。その後『突撃!ポンコツタンク』のアニメーションや仕様の設計[3]などを経てから開発に着手し、1992年に『星のカービィ』は発売、全世界累計500万本以上を売り上げる大ヒットとなる。桜井はこのゲームで初めてディレクターを務め、更に企画と大部分のグラフィックを担当した[2]

当時のゲームは高難易度のものが主流となっており、初心者が入る余地が無いと考えていた桜井は[4]、“初心者用のゲームを作る”ということを『星のカービィ』の開発のコンセプトとし[5]、すぐにミスにならないようにカービィにホバリング能力を搭載したり、体力をバイタリティ制にした。ステージの地形の構成や敵やアイテムなどのオブジェクトの配置は、チュートリアルを用意せずともプレイヤーは遊んでいるだけで基本的な操作を自然と修得できるようになることを念頭に置いて設計されており、この意図をプレイしていて見抜いた任天堂の宮本茂は、「こういうところをちゃんとしているゲームは、いまどきなかなかない」と称賛した[6]

なお、企画書の段階ではカービィはダメージを多く受けているほど敵の攻撃によって弾かれる距離が増し、それによって画面外へ飛び出すとミスになる、という仕様が予定されていた。この仕様はカットされたが、後に図らずも『スマブラ』で復活することとなった[7]

星のカービィ 夢の泉の物語~スーパーデラックス

1992年6月、不動産投資の失敗などによる深刻な経営不振のために和議申請をしたハル研究所は、事業をゲームソフト開発に一本化し、事業内容をそれまでの「広く浅く」から「じっくり練ってモノを出す」方針に転換、「今後発売するソフトは全てミリオンセラーを目指す」という目標を打ち立てた。その新生ハル研究所が最初に出すソフトとして、勢いのあるカービィの続編が選ばれた[8]

スーパーファミコンが発売されて3年が経っている中でファミコンで『カービィ』の新作を制作することを指示された桜井は、ハードの終焉期におけるユーザーの大半は既にゲームに慣れていると考え、前作同様にゲーム初心者に優しい作りでありながら上級者でも楽しめるようにすべく、"初心者と上級者の同居"をテーマとし、カービィにコピー能力を導入した[9][5]。これにより、初心者は前作同様に「すいこみ」と「はきだし」の基本動作だけでも遊べつつ、上級者は多彩なコピー能力を自由に選んで幅広い遊び方ができるようになった。この"初心者と上級者の同居"というテーマは、後の彼が手掛けるゲームにも受け継がれている。また、一般的なゲームコントローラーのボタンの多さが初心者にとっつきにくくさせている要因と考えた桜井は、初めてゲームをする人のためにボタン1つで遊べるゲームモードを導入した[10]。このようなゲームモードは、以降の彼が関与した『カービィ』作品全てに導入されている。

1993年、新生ハル研究所が一丸となって作り上げ発売した『カービィ』シリーズ2作目『星のカービィ 夢の泉の物語』は、ハードの終焉期であったのにもかかわらず、ファミコン最後のミリオンセラーとなった[注釈 1]

1996年には『星のカービィ スーパーデラックス』のディレクターを務めた。当時はクリアまでに多大な時間を要する重厚長大なゲームが主流であり、本作はそのような風潮へのアンチテーゼとして、ボリュームは少な目で趣が異なる7種類のアクションゲームと2種類のミニゲームを用意する"オムニバス形式"で構成し、ユーザーは好きなものを選んで手軽に小さな達成感を味わえるようにした[9]。また、カービィのコピー能力でできるアクションを増やし、前作『夢の泉の物語』から更に"初心者と上級者の同居"を推し進めた。また、本作品の企画前には宮本茂から「ふたり同時プレイへの対応」をリクエストされており、その実現として"ヘルパーシステム"が導入された[9]。後の『スマブラX』の「亜空の使者」ではこれに近い形のシステムが搭載されている。

スマブラ64~宣伝活動

ハル研究所に入社以降ずっと『カービィ』シリーズのディレクターを担当していた桜井だったが、『スーパーデラックス』完成後に初めて違うことをすることを許可され、『ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ』を手掛ける。

『スマブラ』は最終的に初代『星のカービィ』以上の大ヒットとなったが、発売前後はダメージ蓄積などの前例の無いシステムの理解がされなかったり、キャラクターに頼った底の浅いゲームという誤解を受けることがあって、評判が非常に悪かった。桜井は悪評を払しょくするため、自らが『スマブラ』を解説する公式ウェブサイト『スマブラ拳!!』を開設する等して、ユーザーに対する認知・理解のための活動を行った。そのような活動はその後のゲームでも行われている。

スマブラDX~カービィのエアライド

2001年には『大乱闘スマッシュブラザーズDX』のディレクターを務める。また、それに並行してアニメ版『星のカービィ』の監修も行っていた。

『スマブラDX』の後はカービィのアニメやグッズを監修しつつ、『星のカービィ 夢の泉の物語デラックス』など様々なソフトを同時に監修する立場になる[11]

2003年からはゲーム雑誌『週刊ファミ通』でコラム『桜井政博のゲームについて思うこと』を連載開始。

2003年の発売の『カービィのエアライド』は、桜井がハル研究所で最後にディレクターを務めたゲームとなった。かつて『エアライド』は『スマブラ64』よりも前からNINTENDO64用ソフトとして開発が進められていたが一旦開発が中止になり、その後ゲームキューブ用として開発が再開したものの、13ヶ月経ってもマシンが一台も動いていないという状況になっていた。そこで当初『夢の泉デラックス』同様に監修という立場から本作に関与していた桜井が開発の遅れからディレクターに就任し、それから4ヶ月で完成させた[12]

桜井は当時のレースゲームの多くがより優れたタイムを出すために決まったコーナーを決まったルートで走ることを要求しマニア向けになりつつあることに抵抗を感じており、『エアライド』を担当するにあたって、彼なりの観点でレースゲーム、もとい、乗り物ゲームを作ることにした[4]。これは特に「シティトライアル」モードに色濃く反映されており、遊び方が強制されず、アドリブ性を楽しむことができるようになっている。また、『夢の泉の物語』からボタン1つで遊べるゲームモードを模索し、ミニゲームとして導入してきた桜井だが、本作ではメインのゲームがボタン1つで遊べるものとなっている(スティック操作は必要)。

ハル研究所退社~メテオス

2003年9月末、13年間勤めたハル研究所を退社し、以降はフリーランスのゲームクリエイターとして活動をしていく。同時期、山梨から東京に移住。移住先の住居は事務所も兼ねていた[13][注釈 2]。フリーになったことで、メーカー、学校、出版関連などから軽い仕事を請け負い、その中でもゲーム開発に関わるものでは、実践的な調整案やアイデアを出す"コンサルティング"のような仕事を行うようになった[14]。また、日本ゲーム大賞(旧・CESA GAME AWARDS)の審査員を務めるようにもなった。

2004年発売の『星のカービィ 鏡の大迷宮』には、企画内容やゲームの中身に対して、質や方針に問題がありそうな部分、カービィらしからぬ部分を指摘し、代替案を出すといった監修の役割で関わった。これの開発の半ばで桜井はフリーになったが、ハル研究所が桜井を雇うことで桜井は開発に参加し続けた[15]。これが桜井がクレジットされている最後の『カービィ』作品となっている。

2003年の冬頃に桜井はキューエンターテイメントの水口哲也から「落ちモノパズル」「マルチタスク」「映像と音を豊かに」「開発人数は少ない」という条件でゲーム制作の依頼を受け[16]、『メテオス』を企画した。桜井は落ちものパズルゲームをプレイするのを苦手としているが、それにもかかわらずこれを企画することができたのは、この少し前にGDC2004での講演のために落ちものパズルゲームを含む様々なジャンルのゲームの面白さのロジックを整理していたおかげとしている[17][18]。なお、原案の考案は5分で済んだという[17]

桜井は『メテオス』では「ゲームデザイナー」として、各種アイデアの立案[19]、ゲームバランスの調整[19]、ジオライト星人(メインキャラクター)のデザイン、ストーリー、ムービーのプロット[20]、公式サイトのテキストの大部分[21]などを担当した。桜井は主に彼の事務所からメールで仕様などのやりとりをし、時折キューエンターテイメントに出てきて打ち合わせを行った[22][19]。マスターアップが迫ってきてからはキューエンターテイメントに住み込みで作業をしていた。

2005年に『メテオス』は発売し、落ちてきたパズルを打ち上げて消すという斬新なゲーム性、連鎖のための段取りよりもその場の判断を楽しめるアドリブ性とカジュアル性、各惑星(キャラクター)の強烈な性能の個性付けなど、桜井らしさに満ちたパズルゲームで、週刊ファミ通のクロスレビューにて、当時のパズルゲームでは歴代最高の38点という高い評価を得た。他にも、第9回 CESA GAME AWARDS(後の日本ゲーム大賞)で優秀賞を受賞、2005年6月24日にThe IGN Editors' Choice Awardでも受賞している。

E3 2005~スマブラX

2005年5月、自分の今後を決めるため、ゲームショウであるE3 2005を訪れる。そこで任天堂が「『スマブラ』をレボリューション(Wiiのコードネーム)のWi-Fi対応タイトルとしてプッシュしている」というニュアンスの発表をしたところ、誤って『スマブラ』がレボリューション向けに開発中であると伝わってしまう。桜井にとっては寝耳に水であったが、ショウの期間中に任天堂社長の岩田聡に呼ばれ、そこで正式にオファーを受け『大乱闘スマッシュブラザーズX』をディレクターとして開発することとなった[23]

2005年8月15日、有限会社ソラを設立。『スマブラX』のために設立したと誤解されがちだが、実際には収支などを個人でやっていくのには限界があったためである[24]

2006年2月、桜井がゲームデザインを手掛けた『そだてて!ムシキング』が発売される。桜井は2005年5月にセガの竹崎忠と久保敏正(セガダイレクト店長)から、『ムシキング』を題材にしたLSIゲームの企画の依頼を受け、フリーになってから一度は何のプラットフォームにも属さないゲームを作ってみたいと考えていた桜井は、大喜びで依頼を受けた[25]。企画書が完成して間もなくWiiでの『スマブラ』制作のオファーを受けてそれと並行して仕事を進めることになり、しかも4ヶ月強という短い製作期間であったため[26]、かなり苦労したようである[25]

新・光神話 パルテナの鏡

2008年7月、桜井は岩田聡から「『スマブラ』ではない特命プロジェクトを任せたい」といった誘いを受け[27]、2009年1月22日、任天堂とソラが共同で設立した株式会社プロジェクトソラの取締役に就く。プロジェクトソラは「桜井がゲームを制作する」ことだけを公開して人材を募集しつつ、5月11日に実際の活動を開始した。

極秘開発のゲームはE3 2010にて次世代ハードのニンテンドー3DS用ソフト『新・光神話 パルテナの鏡』として公開され、2012年に発売された。

プロジェクトソラにおいて桜井は『新・パルテナ』のディレクションや広報活動のみならず、面接などの人事系や会社の運営面も担当した。また、3DSの開発期と重なっていたことやスタッフの経験や手法が各々異なっておりまとまりにくかったため、開発パフォーマンスに影響が出たことを制作の反省点として挙げている[28][29]

スマブラfor~スマブラSP

『新・パルテナ』が発売された後プロジェクトソラは解散し、『大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS / Wii U』はバンダイナムコゲームスとバンダイナムコスタジオを中心にした開発体制となる。『スマブラfor』の開発はDLCを含めて2016年2月まで続いた。

2012年10月頃、右手に石灰沈着性腱板炎を患う[30]。2014年頃には左腕、左肩にも症状が発生[31][32]し、2019年現在も完治していない。これに関連してTwitterでは「#YouCanDoItSakurai」というハッシュタグが出現。世界中から励ましのメッセージが寄せられ、桜井は自身の書籍にて感謝の意を述べている[33]

『スマブラfor』のDLC開発が終了して程なく『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』の開発準備が始まる。『スマブラSP』は2018年3月に開発中であることだけが伝えられ、E3 2018で本格的に情報が公開され始めた。なお、E3 2018で公開されたプレゼン映像内の桜井を見たユーザーからは心配の声が寄せられたが、これは自ら体重を6kg絞ったことが原因によるものである[34]

『スマブラSP』本編とは別にDLCの開発も開始。当初は早期購入特典のパックンフラワーと5体のファイターを制作する予定だったが、さらに6体分追加し、開発を延長することになった。
そのDLC第1弾のジョーカーの紹介映像では制作に時間とコストが大きくかかったため[35]、第2弾の勇者を紹介する映像からは桜井自らが解説する形式となり、以後のDLC紹介動画は全てプレゼン形式で公開されることになった。

2019年末からは開発中チーム内の日報用に撮影されたスクリーンショットを「きょうの一枚」として自身のTwitter上に日替わりで公開するようになる[36]。これは『スマブラfor』の開発発表から発売まで行われていたものに通じる企画だが、各ゲームの発売記念日などに合わせて新しく撮られた画像もある[37]。この活動は『スマブラSP』開発終了後も続き、ストックが切れる2022年8月後半まで投稿が続けられた。

2020年は新型コロナウィルス感染症の蔓延防止として開発をテレワークに移行。テレワークでの開発は、制作チームが本編開発時よりも規模が小さかったため大きな影響はなく[38]、スタッフの環境問題をある程度解決するため有限会社ソラとして在宅支援を行いながら[39]継続した。ちなみにテレワーク開発で困ったことはテスト対戦で、以前は休み時間にスタッフとテスト対戦しながらバランス調整を行っていたがそれができなくなったため、秘匿性のある通信環境を構築したことが語られている[40]

2021年6月、コラム『桜井政博のゲームについて思うこと』を『スマブラSP』のDLCを全て発売した後に終了することを考えている意向を明かす[41]
10月に最後のDLCファイター・ソラの参戦をもって『スマブラSP』の制作プロジェクトが終了。続く11月にはコラム連載も終了し、十数年に渡る制作活動に一区切りを付けた。

関与したゲーム

発売日 タイトル クレジット 備考
1991/01/08 突撃!ポンコツタンク - アニメーションや仕様の設計[3]
1992/03/27 カードマスター リムサリアの封印 スペシャルサンクス
1992/04/27 星のカービィ ディレクター、チーフデザイナー
1993/03/23 星のカービィ 夢の泉の物語 ディレクター、ゲームデザイナー
1996/03/21 星のカービィ スーパーデラックス ディレクター マイクカービィ(スタンドマイク)の声も担当
1999/01/21 ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ ディレクター
2000/03/24 星のカービィ64 声優 デデデ大王の声
2000/08/23 コロコロカービィ スペシャルサンクス
2001/11/21 大乱闘スマッシュブラザーズDX チーフディレクター
2002/03/29 ファイアーエムブレム 封印の剣 スペシャルサンクス Masahiro Sakurai & Smash Brothers DX Team としてクレジットされている。
2002/10/25 星のカービィ 夢の泉デラックス ゼネラルディレクター
2003/07/11 カービィのエアライド エアライド&シティトライアル: ディレクター、デザイン
ウエライド: ゼネラルディレクター
2004/04/15 星のカービィ 鏡の大迷宮 スペシャルアドバイザー
2005/03/10 メテオス ゲームデザイン
2006/02/23 そだてて!ムシキング - ゲームデザインを担当。
2008/01/31 大乱闘スマッシュブラザーズX ディレクター
声優 デデデの声
作詞担当 「大乱闘スマッシュブラザーズX メインテーマ」
アレンジ版「ファイアーエムブレムのテーマ」
2012/03/22 新・光神話 パルテナの鏡 ディレクター
2014/09/13 大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS ディレクター
声優 デデデの声
2014/12/06 大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U ディレクター
声優 デデデの声
2018/12/07 大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL ディレクター
声優 デデデの声
作詞担当 「命の灯火」
「Lifelight」

ゲーム制作以外の活動

広報活動
新作ゲームのために、公式サイトの制作、ゲーム雑誌やゲームサイトのインタビューへの対応、『Nintendo Direct』などでのプレゼンや様々なイベントへの出演などをこなす。
桜井政博のゲームについて思うこと
ゲーム雑誌『週刊ファミ通』にて2003年から2021年まで連載されたコラム。内容は主にゲームに関わることや彼の日常のこと。彼の新作ゲームのリリース前後はそれについての話が多くなる。
アニメカービィの監修
2001年から2003年にかけて放送されたアニメ版『星のカービィ』では、カービィの扱いへの注文やアニメの内容が原作の世界観として問題が無いかチェックし、場合によっては代替案を出すといった監修もしていた。
日本ゲーム大賞の審査員
2003年から審査員を務めている。ゲームへ賞を与えて価値を定めるような行為には疑問を感じつつも、賞をもらったタイトルに関わったスタッフとそのファンの励みになるからということと、良い作品にスポットを当ててその年の代表作として記録していく手助けをするために引き受けている。フリーという立場を活かし、メーカーのしがらみの受けない審査や提案をしている。受賞理由の詳細の公開されるようになったこと、販売本数の影響を抑えた賞の「ゲームデザイナーズ大賞」が設立されたことは、桜井の働きかけによるものである[42][43]
PRESS START
指揮者・竹本泰蔵、ゲームデザイナー・桜井政博、作曲家・植松伸夫、作曲家・酒井省吾、ゲームデザイナー・野島一成の5名が発起人となって企画したゲーム音楽コンサート。2006年から2015年まで毎年開催された。
ゲームコンサルティング
フリーになって以降、多忙で無い時期は、依頼を受けて開発中のゲームに実践的な調整案やアイデアを出す“コンサルティング”のような仕事を行っている[14]。桜井は自分で作らなくてもゲームが面白くなるならそれでいいと考えており、フリーになって間もない頃はコンサルティング業だけしてそのままもうゲームを作らなくてもいいと考えていたこともあったが、人に伝えることに限界があるということや、他者に求められているという理由で今もディレクターを続けている[44]
桜井政博のゲーム作るには
2022年8月後半に設立したYoutubeチャンネル。「世界中のゲームの面白さを少しだけ底上げする」をコンセプトに、ゲームの開発や面白さにまつわる分かりやすい解説動画を公開している。紹介するゲーム映像の中には『スマブラ』の開発ROMや自身が制作したゲームの開発資料もあり、それらについては任天堂の許諾を得ている。なお、収益を得ることは目的とせず、ゲーム業界の将来のためのボランティアとして取り組むものとしている[45]

資料集

注釈

  1. 1999年の「アンケート集計拳!!」では桜井は「ミリオン達成せず」と述べているが、2000年の「カービィの所属プロダクション(!?)HAL研究所に迫る!」でハル研究所社長の谷村正仁はミリオンを達成したと述べている。
  2. 事務所名はおそらく「桜井政博事務所」。「桜井政博のゲームについて思うこと」71ページや、「ひそかにレポート - 更新し続けること 」などにその名が出てくる。

出典

  1. 桜井政博氏が語る、初代『星のカービィ』開発秘話。当時の企画書に、あのゲームの原点があった?(1/2) - ファミ通.com
  2. 2.0 2.1 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.17
  3. 3.0 3.1 スマブラ拳!! (64):アンケート集計拳!!
  4. 4.0 4.1 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.13.14
  5. 5.0 5.1 人気キャラ・カービィの魅力に迫る!
  6. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.86
  7. 桜井政博氏が語る、初代『星のカービィ』開発秘話。当時の企画書に、あのゲームの原点があった?(2/2) - ファミ通.com
  8. カービィの所属プロダクション(!?)HAL研究所に迫る!
  9. 9.0 9.1 9.2 「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」発売記念インタビュー 第6回「星のカービィ スーパーデラックス篇」 | トピックス | Nintendo
  10. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.15
  11. 「星のカービィ 夢の泉デラックス」開発スタッフインタビュー
  12. CEDEC 2012 桜井 政博氏 基調講演『あなたはなぜゲームを作るのか』 - ニコニコ動画
  13. 桜井政博のゲームについて思うこと 71ページ
  14. 14.0 14.1 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.37
  15. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.48.49
  16. ひそかにレポート 5.マルチタスク
  17. 17.0 17.1 ゲームの面白さを生み、より高めるための法則とは?──『カービィ』『スマブラ』の生みの親・桜井政博氏による研究の集大成となる講演をWeb上に再現【若ゲのいたり・特別編】
  18. ひそかにレポート 6.いまさら落ちモノパズル
  19. 19.0 19.1 19.2 ひそかにレポート 44.ディレクター
  20. ひそかにレポート 45.『ひそレポ』開始
  21. ひそかにレポート 36.更新し続けること
  22. ひそかにレポート 36.Qエンタテインメント
  23. 社長が訊く『大乱闘スマッシュブラザーズX』
  24. 桜井政博のゲームについて思うことDX 60ページ
  25. 25.0 25.1 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.141.142
  26. 桜井政博のゲームについて思うこと2 4ページ
  27. 株式会社プロジェクトソラ - 特別対談:3 今度はいったい何をつくるのか?
  28. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.398
  29. Nintendo DREAM 2015年2月号「スマブラ談!!for Nindori 桜井政博さんインタビュー」
  30. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.419.420.422
  31. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.447
  32. 桜井政博のゲームを遊んで思うこと2 169ページ
  33. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.431
  34. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.559
  35. 週刊ファミ通 2021年11月18日号 桜井政博のゲームについて思うこと 大乱闘? 最終回SPECIAL!!
  36. 桜井政博 Twitter 2019/12/27[インターネットアーカイブ]
  37. 桜井政博 Twitter 2021/2/14[インターネットアーカイブ]
  38. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.603
  39. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.606
  40. 【スマブラSP】スティーブ/アレックスのつかいかた 1分23秒~
  41. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.629
  42. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.29
  43. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.350
  44. 桜井政博のゲームについて思うこと VOL.197
  45. このチャンネルについて - YouTube

外部リンク