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『ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ』(Super Smash Bros.)は、1999年1月21日に任天堂より発売されたNINTENDO64用対戦アクションゲーム。[[大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ]]の第1作目。公式が使っている略称は『スマブラ64』。
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|5-2='''NINTENDO64'''<br>[[ファイル:Flag of Japan.svg|25px]]1999年1月21日<br>[[ファイル:Flag of the United States.svg|25px]]1999年4月27日<br>[[ファイル:Flag of Europe.svg|25px]]1999年11月19日<br>'''iQue Player'''<br>[[ファイル:Flag of China.svg|25px]]2005年11月15日<br>'''Wii バーチャルコンソール'''<br>[[ファイル:Flag of Japan.svg|25px]]2009年1月20日<br>[[ファイル:Flag of Europe.svg|25px]]2009年6月12日<br>[[ファイル:Flag of the United States.svg|25px]]2009年12月21日
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『'''{{PAGENAME}}'''』(英題: '''Super Smash Bros.''')は、1999年1月21日に任天堂より発売されたNINTENDO64用対戦アクションゲーム。[[大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ]]の第1作目。公式が使っている略称は『'''スマブラ64'''』。海外での略称は『'''SSB'''』『'''SSB64'''』『'''Smash64'''』。
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__TOC__
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== キャラクター ==
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計12体のプレイヤーキャラが登場し、その内4体は[[隠しキャラクター]]。この12体は『[[大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL|スマブラSP]]』までのシリーズ全作に参戦し続けている。
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{|class="wikitable" style="text-align:center;margin:1em auto 1em auto;font-size:11px"
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!colspan=4|基本キャラクター(8体)
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|[[ファイル:公式絵 初代 マリオ.gif|100x100px|link=マリオ (64)]]<br />[[ファイル:シンボル マリオ (64-DX).png|20px|link=マリオシリーズ]]<br />{{DX|マリオ}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 ドンキーコング.gif|100x100px|link=ドンキーコング (64)]]<br />[[ファイル:シンボル ドンキーコング (64-DX).png|20px|link=ドンキーコングシリーズ]]<br />{{DX|ドンキーコング}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 リンク.gif|100x100px|link=リンク (64)]]<br />[[ファイル:シンボル ゼルダの伝説.png|20px|link=ゼルダの伝説シリーズ]]<br />{{DX|リンク}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 サムス.gif|100x100px|link=サムス (64)]]<br />[[ファイル:シンボル メトロイド (64-DX).png|20px|link=メトロイドシリーズ]]<br />{{DX|サムス}}
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|-style="vertical-align:bottom"
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|[[ファイル:公式絵 初代 ヨッシー.gif|100x100px|link=ヨッシー (64)]]<br />[[ファイル:シンボル ヨッシー (64-DX).png|20px|link=ヨッシーシリーズ]]<br />{{DX|ヨッシー}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 カービィ.gif|100x100px|link=カービィ (64)]]<br />[[ファイル:シンボル カービィ.png|20px|link=カービィシリーズ]]<br />{{DX|カービィ}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 フォックス.gif|100x100px|link=フォックス (64)]]<br />[[ファイル:シンボル スターフォックス (64-DX).png|20px|link=スターフォックスシリーズ]]<br />{{DX|フォックス}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 ピカチュウ.gif|100x100px|link=ピカチュウ (64)]]<br />[[ファイル:シンボル ポケットモンスター (64-DX).png|20px|link=ポケットモンスターシリーズ]]<br />{{DX|ピカチュウ}}
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|-style="vertical-align:bottom"
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!colspan=4|[[隠しキャラクター]](4体)
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|-style="vertical-align:bottom"
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|[[ファイル:公式絵 初代 ルイージ.gif|100x100px|link=ルイージ (64)]]<br />[[ファイル:シンボル マリオ (64-DX).png|20px|link=マリオシリーズ]]<br />{{64|ルイージ}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 ネス.gif|100x100px|link=ネス (64)]]<br />[[ファイル:シンボル MOTHER (64-DX).png|20px|link=MOTHERシリーズ]]<br />{{DX|ネス}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 キャプテン・ファルコン.gif|100x100px|link=キャプテン・ファルコン (64)]]<br />[[ファイル:シンボル F-ZERO.png|20px|link=F-ZEROシリーズ]]<br />{{DX|キャプテン・ファルコン}}
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|[[ファイル:公式絵 初代 プリン.gif|100x100px|link=プリン (64)]]<br />[[ファイル:シンボル ポケットモンスター (64-DX).png|20px|link=ポケットモンスターシリーズ]]<br />{{64|プリン}}
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== ステージ ==
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{{#lsth:ステージ|ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ}}
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== ゲームモード ==
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== 公式サイト ==
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== 開発経緯 ==
 
== 開発経緯 ==
 
[[ファイル:格闘ゲーム竜王1.jpg|サムネイル|格闘ゲーム竜王の対戦時の画面。背景は竜王町の風景。]]
 
[[ファイル:格闘ゲーム竜王1.jpg|サムネイル|格闘ゲーム竜王の対戦時の画面。背景は竜王町の風景。]]
 
[[ファイル:格闘ゲーム竜王2.jpg|サムネイル|竜王町の風景以外にも幾つかの背景が用意されていた。これはその一つ。]]
 
[[ファイル:格闘ゲーム竜王2.jpg|サムネイル|竜王町の風景以外にも幾つかの背景が用意されていた。これはその一つ。]]
HAL研に入社以降ずっと『星のカービィ』シリーズのディレクターを担当していた桜井政博が、『星のカービィスーパーデラックス』完成後に初めて違うことをして良いと言われ、4本のオリジナル作品の企画書を書いた。その中の1本、1996年の10月頃に上げられた企画「4人同時対戦可能ダメージ排除型バトルロイヤル格闘」<ref>The 64DREAM スマブラ談</ref>がスマブラの原型となるものであった。
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ハル研究所に入社以降ずっと『星のカービィ』シリーズのディレクターを担当していた[[桜井政博]]が、『星のカービィ スーパーデラックス』完成後に初めて違うことをして良いと言われ、1996年10月から11月頃にかけ2本のオリジナル作品の企画書を書いた。1本は「潜入探索型ラジコンロボット・アドベンチャー」<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=uHJpaYpPTH 大乱闘スマッシュブラザーズ 【企画コンセプト】] - YouTube</ref>、そしてもう1本は『スマブラ』の原型となる「4人同時対戦可能ダメージ排除型バトルロイヤル格闘」<ref>The 64DREAM 2000年3月号 スマブラ談</ref>であった。
 
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1996年の11月頃には桜井政博、岩田聡、サウンドクリエイターの3人という少人数でテスト版の制作が開始された。仕様、デザイン、モデリング、モーションを桜井政博が担当。岩田聡は平日は64版『カービィのエアライド』のプログラムをし、休日に桜井政博から渡された指示書に従ってプログラムを書き上げるというほぼ二人三脚の体制だった。[[ファイター]]は最初、おはじきから腕が生えたようなもの<ref>水口哲也と平林久和の東京ゲームラウンジ ゲスト:桜井政博 2002年7月17日放送 [http://www.nicovideo.jp/watch/sm1540329 ニコニコ動画]</ref>だったが、これでは製品としては魅力に欠けるとの判断で、キャラクターを作ることになり、ひとまずは「ペプシマン」のような見た目の簡素な人型のモデルが作られた。この時点ではまだ任天堂キャラクターを使用する構想は無かったが、製品版の基本的な仕様は既にほぼできていた。ゲームの背景にHAL研究所がある山梨県竜王町の風景写真を使っていたため'''『格闘ゲーム竜王』'''のコードネームがつけられた。
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1997年の5月のゴールデンウィーク、HAL研は任天堂の宮本茂に、桜井政博が書いた4本の企画書の中から、格闘ゲーム竜王と、アクションアドベンチャーゲームのテストバージョンのロムのプレゼンをした。そこではアクションアドベンチャーが採用され、格闘ゲーム竜王は一旦はお蔵入りとなった。だが、後に『カービィのエアライド』の制作が仕切り直しとなり、HAL研はまだNINTENDO64でソフトを1本も出せていなかったこともあり、「すぐに作れるソフト」ということで格闘ゲーム竜王の企画を復活させた。
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1996年11月頃には桜井、ハル研社長の岩田聡、サウンドクリエイターの3人という少人数でテスト版の制作が開始された。桜井は仕様、デザイン、モデリング、モーションを担当。岩田は平日はNINTENDO64版『カービィのエアライド』のプログラムをし、休日に桜井から渡された指示書に従ってプログラムを書き上げるというほぼ二人三脚の体制だった。キャラクターは最初、おはじきから腕が生えたようなもの<ref>水口哲也と平林久和の東京ゲームラウンジ ゲスト:桜井政博 2002年7月17日放送 [http://www.nicovideo.jp/watch/sm1540329 ニコニコ動画]</ref>だったが、これでは製品としては魅力に欠けるとの判断で、キャラクターを作ることになり、ひとまずはペプシマンのような見た目の簡素な人型のモデルが作られた。この時点ではまだ任天堂キャラクターを使用する構想は無かったが、製品版の基本的な仕様は既にほぼできていた。ゲームの背景にハル研がある山梨県竜王町の風景写真を使っていたため『'''格闘ゲーム竜王'''』のコードネームがつけられた。
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使用するキャラクターは様々なものが検討された末、「家庭用オリジナルの対戦格闘ゲームで、これまでヒットしたものはあまりない」、「64ソフトのラインナップにニュース性を持たせること」、「他のゲームに真似のできないセールスポイントがあること」といったことを考えた結果、任天堂キャラクター達を使用することに決まった。それ以外では、有名漫画家を起用することや、HAL研社内で作るといった案が検討されていた。
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1997年5月、ハル研は任天堂の宮本茂に、桜井が書いた2本のテストバージョンのロムのプレゼンをした。そこではアクションアドベンチャーが採用され、『格闘ゲーム竜王』は一旦お蔵入りとなった。しかし、後に『カービィのエアライド』の制作が仕切り直し、ソフト開発が難しい64の開発中作品の多くも発売中止、ハル研はまだ64でソフトを1本も出せていなかったこともあり、「すぐに作れるソフト」ということで『格闘ゲーム竜王』の企画を復活させた。
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この案は構想段階で宮本茂に却下されたが、HAL研は無断でマリオ・ドンキーコング・サムス・フォックスだけが使えるテストバージョンを作成し、それを宮本茂に見せる作戦に出た。1997年末、そのテストバージョンに触れた宮本茂の評価は良好で、HAL研はそれに任天堂キャラクターを使用する許可を得た。
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使用するキャラクターは様々なものが検討された末、「家庭用オリジナルの対戦格闘ゲームで、これまでヒットしたものはあまりない」、「64ソフトのラインナップにニュース性を持たせること」、「他のゲームに真似のできないセールスポイントがあること」といったことを考えた結果、任天堂キャラクター達を使用することに決まった。<!--それ以外では、有名漫画家を起用することや、ハル研社内で作るといった案が検討されていた。--><br>
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この案は構想段階では宮本に一度却下されたが、ハル研はマリオ・ドンキーコング・サムス・フォックスだけが使えるテストバージョンを作成し、それを宮本に見せる作戦に出た。1997年末、そのテストバージョンに触れた宮本の評価は良好で、ハル研はそれに任天堂キャラクターを使用する許可を得た<ref>[https://www.1101.com/nintendo/nin4/nin4-1.htm ほぼ日刊イトイ新聞 - 樹の上の秘密基地 第4回の1]</ref>。
    
== 発売前評判 ==
 
== 発売前評判 ==
 
現在でこそ任天堂のビッグタイトルである大乱闘スマッシュブラザーズシリーズであるが、初代の発売前の評判は、ダメージ蓄積などの前例の無いシステムの理解がされなかったり、キャラクターに頼った底の浅いゲームという誤解を受けることがあって、非常に悪かった。
 
現在でこそ任天堂のビッグタイトルである大乱闘スマッシュブラザーズシリーズであるが、初代の発売前の評判は、ダメージ蓄積などの前例の無いシステムの理解がされなかったり、キャラクターに頼った底の浅いゲームという誤解を受けることがあって、非常に悪かった。
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桜井政博は悪評を払しょくするため、自らがスマブラを解説する公式WEBサイト『スマブラ拳!!』を開設したり、ビデオを作って雑誌社に配布(後にスマブラ拳の読者にも配布)した。そのような努力の甲斐あってか、スマブラは瞬間的な売れ行きで終わらず、ロングランを記録し、キャラクター人気に頼っただけのものではないことを証明した。
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桜井政博は悪評を払拭するため、自らが『スマブラ』を解説する公式WEBサイト『[[スマブラ拳!!]]』を開設したり、ビデオを作って雑誌社に配布(後にスマブラ拳の読者にも配布)した。そのような努力の甲斐あってか、『スマブラ』は瞬間的な売れ行きで終わらず、ロングランを記録し、キャラクター人気に頼っただけのものではないことを証明した。
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==出典==
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== ギャラリー ==
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ファイル:ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ タイトルロゴ.gif|タイトルロゴ
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== 脚注 ==
 
<references/>
 
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== 注釈 ==
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[[カテゴリ:大乱闘スマッシュブラザーズ|*]]
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